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猿沢池のカメラ

奈良坂から見た大仏殿古都巡りが好きだというベテラン女優を乗せた車が奈良坂を下って行く。般若寺を過ぎて左手にセブンイレブンが見えてくるあたりで、大仏殿が見えるの、ああっほらあれじゃないですか、と女優はやや上ずった声で言った。これはこの3月12日に放送されたNHKの『新 街道をゆく「奈良散歩」』の冒頭部分です。視ながらぼくは3年前の柳生街道を歩いた日をなつかしく思い出していました。般若寺近くのセブンイレブン下の交差点を(奈良市内の方から来て)右へ曲がると道は急に下りとなりその先は当尾浄瑠璃寺あるいは柳生街道の円成寺に到ります。2014年から2023年までの10年間で10回に及んだぼくの奈良の仏像巡りはその図ったわけではない最後が柳生街道の夕日観音でした。(写真は般若寺近くの奈良坂から見た大仏殿で手前の白い建物がセブンイレブンです。2022年5月20日に般若寺へ行った時、信号待ちでうしろを振り返ったら大仏殿が見えていました。)

ぼくの仏像巡りはミキオ君がいつも同行してくれましたがミキオ君との出会いがなければこの企てそのものがありませんでした。12年ほどのあいだ休眠状態にあった「通りがかりの者です」の再開は大阪の中村先生からいただいたブログを始めたという内容のメールが契機でしたがそれも仏像巡りというテーマがそこにあったからでした。

「通りがかりの者です」には仏像巡りでのふたりのエピソードを記事の中で事実そのまま書いています。失敗談も書きましたが主題にまったく関係なかったようなことは書いていません。書かなかったことのなかでしかしこれはいつかどこかで書いておきたいと思っていたことを第二部のちょうど第200回となる今回の記事で、200回に相応しいかどうかはともかく、書くことにしようと思います。心に感じたこと心に残ったこと、それは自分以外にはあまり関係のないつまらぬ事、をぼくは「通りがかりの者です」に書いてきました。

柳生街道の仏像巡りでは金沢から京都までのサンダーバードがいつのも4号ではなく1時間後の6号でした。円成寺まで乗る予定の柳生行のバスは近鉄奈良駅が11時48分でいつもの4号で来てもそれは同じだったからです。それでもバスの時間まではかなり間がありました。と言って興福寺で仏像を観ているほどの時間はありませんからぼくらは興福寺の再建成ったばかりの中金堂をしり目に東金堂、五重塔の前を通り猿沢池へ行きました。奈良に住んだこともあり何度も奈良公園には来ていたのに猿沢池の周囲を歩くのはこれがはじめてでした。池畔のベンチに座って五重塔や南円堂を眺めながら取り留めのないことを話しましたがふたりともすぐに飽きてしまいバスの時間はまだ先でしたが東向商店街を見ながらバス乗り場へ行くことにしました。柳生行のバス乗り場は登大路を挟んで近鉄ビルの向かいです。

ここでちょっとしたアクシデントです。もう少しで信号を渡りきるかというところでカメラがないことに気がついたんです。猿沢池のベンチに置いてきたんだ。時計を見ます。25分。ぼくは躊躇しませんでした。カメラはきっとまだベンチにある。もう信号を渡り切っていたミキオ君の背中に、カメラ、とだけ叫んでミキオ君が振り返るのも見ないですぐに踵を返し走って引き返しました。
 東向商店街は人が多いので興福寺の境内を走り抜けて行きました。4月初めとはいえ快晴の良い天気でリュックを背負って走れば汗をかきます。石段を駆け下り三条通を走っていくと道端にいる幼稚園年少組くらいの男の子がこっちを指さして、あの人走っている、と大きな声で言い、横にいる母親らしい女性がすかさず、しっ、やめなさい、と腕を引っ張って制します。やっぱり目立っている。左に回り込んで畔を巡る道に入ります。もうすこしだ。ミキオ君と座っていたベンチの方を見ると中年の女性つまりおばさんがふたりして周りを見渡しています。ハアハア言いながら走って来るぼくに気がついて、ああ、あの人や、と言っているのが聞こえます。たどり着いてベンチを見ればぼくのカメラがそこにありました。ホッとした。だれか忘れていったんやろう交番か観光案内所へでも持っていこかと今ゆうてたとこなんよ、とおばさんたちはあんたやったんやねという顔で言いました。どうも、すいません、忘れてしまって、さっきここに座っていて、むこうまで行って、気がついて、ああしんどい、でもよかった、あって、どうも。ペコリと頭を下げてぼくはカメラを手にすると時計を見ました。これなら大丈夫走らなくてもいい。

 東向商店街を早足で通り抜け信号を渡ってバス乗り場に戻りました。ミキオ君にごめんごめんと謝ると、カメラなんかまた買えばいいんや、と言います。ぼくのこういう行動にでる性格をよく知っているはずのミキオ君ですがさすがに呆れたようでした。そういう問題じゃないよ、と言い返した・・・かどうかよく覚えていません。ぼくはあせびっしょりでした。
 

このアクシデントは前兆だったのかこの日ぼくは円成寺から夕日観音まで柳生街道を歩くあいだとことんミキオ君を困惑させたのでした。いいえ、柳生街道だけではありません。当尾でも飛鳥でも斑鳩でも佐保路でも西の京でも奈良公園でもならまちでもそして大安寺でもかれと巡ったそのすべてでぼくはまるで自分ひとりで動いているかの如く好きなようにやりたいように行動しました。相棒がミキオ君なればこその甘えだったのかもしれません。かれは数少ないぼくが期待してもよい人でした。 2026年7月4日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)


写真:虎本伸一

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